えらそーに

2008年11月25日
愚痴です

深く音楽に関わっている人において強い傾向なんですが、

好きなバンドや音楽について話をする際に
やたらと技術面のみを強調して話をする人がいます。

たとえば、速弾きやら変拍子やらグルーブやら。

はっきり言って、どれだけ技術的に難しいことを演っても
それがその音楽性に結びついて、聴き手の関心を呼ばないと
全くもって意味が無いんですよ。

たとえば、
速弾きを推奨するのなら「その速弾き自体の持つ格好よさ、魅力」を
蓋然的にでも示しておかないと、それは音楽の話をしてることになりません。

実際速いパッセージってのは聴いててカッコいいし、
音自体がエキセントリックで魅力的なんです。
ライブでもイケメンが非人間的にギターを弾いている姿は
様になっていてパフォーマンスとして魅力的なんです。

が「ここまで弾けるようになるには多大な修練が必要だ」
と感心することは、人生的な面で有意義であるかもしれませんが
音楽的な面ではあんまり意味を持っていないです。

修練が大事なんじゃなく、その修練によって
どれだけ自分の意図する音が出せるかが重要なんですよね。

技術的な話を推すにしても、その人がその技術の作る音に
魅了された理由がなにかしら存在する筈なんです。
音楽をやる人は自分の抱いた感情をきちんと分析して
求める音楽性を見つけていくものなんじゃないですかね?


と、技術力も方向性も無い俺が言ってみる!!

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